目次
1. 母の体験から気づいた疑問 ― 予想外の楽しみの背景
「え…子供の教育を大切にしてきた優しい母が…」と、私は内心ぎょっとしました。
母は長年、暴力的な映像は子供に見せないよう気を配っていたんですよ。それなのに60歳を過ぎて、ボクシングを楽しそうに見はじめたんです。祖母まで一緒で、二人して夢中になっていました。私にとってはとても意外で、正直びっくりしました。
でも、ここには潜在意識のはたらきがあるんですよね。殴られて血が出たり、相手が倒れたりする姿を見て「面白い」と感じるのは、単なる娯楽ではありません。自分が押し込めてきた怒りや不満を、代わりに誰かが表現してくれるからなんです。
2. ボクシングを見て「面白い」と感じる心理 ― 抑えた怒りの代わり
ボクシングや格闘技では、選手が殴られ血を流すシーンもあります。それでも観客は熱中しますよね。
その理由は、日常で我慢してきた怒りや苛立ちを、リング上の選手が代わりに表現してくれているからなんです。自分ではできない仕返しを誰かがやってくれる感覚で、一時的にスッキリするんですね。
3. お笑いで笑う人の潜在意識 ― 他人の不幸でスッキリする理由
お笑い番組でも同じことが言えます。芸人さんが転ばされたり、頭をはたかれたり、上からドロドロを浴びたりする場面、さらには顔にケーキをベタッと押しつけられる場面もあります。見ている人は不快だろうと思うはずなのに、なぜか笑ってしまう。
その理由は、潜在意識の「置き換え」にあります。転ばされている姿に、過去に自分を傷つけた親や先生、厳しい上司の姿を重ねているんです。仕返ししている気分になり、心がスッキリする。つまり、心の奥にある「負のパターン」が笑いとして現れているんですよ。
4. やられる側がひそかに喜ぶ心理 ― ベタベタにされる快感の正体
面白いのは、やられる本人がひそかに喜んでいる場合もあることです。顔にケーキを塗られたり、全身ベタベタにされても、どこか嬉しそうな人もいますよね。
ここには、いくつかの潜在意識のパターンがあります。
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注目されたい:承認欲求が満たされなかった人は、恥をかく、不快な姿をみんなにみせること通して、みんなに見てもらえている満足感を得ていることがあります。
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いじられる=愛されている:子供時代にからかわれることが愛情だと思い込んだ人は、笑われることで安心感を得ます。
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罰されたい感覚:自分は価値がない、罰されるべきと無意識に思っている場合、顔にケーキを押しつけられることで、罰を受けることで安心や満たされるといった快感につながることもあります。
つまり、見る側もやられる側も、一時的に潜在意識の欲求を満たしているんですよね。
5. 一時的な解放と潜在意識の変化 ― 本当の心の満足とは
けれども重要なのは、これはあくまで一時的な解放にすぎないということです。見ている間ややられている間はスッキリしても、潜在意識の負のパターンは残ったまま。根本的には何も解決していません。
本当に必要なのは、潜在意識の奥にある怒りや不安を根底から書き換え、暴力的な自分の一面そのものを変えることなんですよ。これにより、人は自然と暴力や人の不幸で笑うものに惹かれなくなり、代わりに平和や喜び、みんなが幸せを感じられるものを選ぶようになります。これは一時的な気晴らしとは違い、心が深いレベルで満たされていく体験なんです。
まとめ ― 潜在意識を理解することの大切さ
人が暴力や失敗を見て笑うのは、心に押し込めてきた怒りや不満を代わりに表現してもらっているからです。やられる本人がひそかに喜ぶ場合も、承認欲求や「罰されたい」という無意識の思い込みが関わっています。
でも、それは一時的な解放でしかなく、根本的な解決にはなりません。潜在意識の負のパターンを書き換えることで、初めて平和で喜びに満ちた選択ができるようになるんですよ。
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