柳沼佐千子プロフィール|印象研修講師・判断軸マネジメント提唱者

柳沼佐千子プロフィール|印象研修講師・判断軸マネジメント提唱者

公式プロフィール

柳沼佐千子(やぎぬま さちこ)
印象エキスパート株式会社 代表取締役/経営コンサルタント/判断軸マネジメント大学校 主宰

第一印象と伝え方の専門家として企業研修を続けながら、その奥にある「判断軸」に着目し、「判断軸マネジメント」を提唱。外に見える印象は、内側の判断の基準から生まれる――「印象は、判断軸の表れ」という考えのもと、印象研修と判断軸マネジメントの両面から、人と組織の変化を支援しています。

印象研修(印象エキスパート株式会社)

  • 独自に開発した好感度アップの手法「インプレッショントーク®メソッド」を企業に提供
  • 小田急電鉄、タカラスタンダード、水戸プラザホテルなど、多くの企業で研修・講演を担当
  • 15年間で延べ2万人以上を指導。企業研修のリピート率96%
  • 研修後に契約率が45%向上した例や、サービス調査の結果が前年比51%向上した例など、研修後に「数字」が好転
  • ラジオパーソナリティ・アナウンサーを経て、研修講師として独立

判断軸マネジメント(判断軸マネジメント大学校)

  • 経営者やリーダーと向き合うなかで、人の言動を決めているのは、スキルの奥にある、本人も気づかない判断軸であることを発見し、判断軸マネジメントを体系化
  • 判断軸マネジメントとは、イラッとした・がっかりしたなど、感情が動いた出来事を入口に、本人も気づかない判断の基準「判断軸」を論理でひも解き、偏らずに選び直すための方法
  • 「判断軸マネジメント実践講座」を主宰し、経営者・リーダー層の判断軸の選び直しを支援

ゴルフ

  • 元ゴルフ・ハンディキャップ1、全米女子アマチュアゴルフ選手権出場
  • 茨城県経営者協会の会報誌で「サチコの無意識ゴルフ塾」を連載

著書
『空気を読まずに0.1秒で好かれる方法。』(朝日新聞出版、2018年)※中国語版にも翻訳
電子書籍『ゴルフはメンタルが9割』
電子書籍『実力を結果に変える0.5秒前の判断』

著書一覧はこちら

 

拠点
茨城県ひたちなか市

SNS・動画

柳沼佐千子の歩み

柳沼佐千子の歩み:プロゴルファーを目指した10年、プロ断念と就職、ラジオ・テレビのアナウンサー、企業研修でインプレッショントーク®を確立、印象エキスパート株式会社を設立するまでのグラフ

  1. ゴルフ(約10年):ゴルフと出会い、モデル学校にも通う。大学ゴルフ部を経て、プロゴルファーを目指し単身カナダへ。カナダでJACKプロに学び、マイク小西プロにトレーニングを依頼。全米女子アマチュアゴルフ選手権に出場し、プロゴルファーに挑戦するも、ケガによりプロを断念。
  2. 就職:夢も希望もなくしたなかで就職活動をし、組織の中で働く。
  3. アナウンサー:アナウンス技術を学び、ラジオ・テレビのアナウンサーへ転身。カメラ撮影の技術も身につけ、声・笑顔・外見など「伝える・見せる」表現力を磨く。
  4. 企業研修:個人事業「リ・オルグ」として独立・起業し、企業研修で全国を飛び回るなかで、好感度アップの手法「インプレッショントーク®」を確立。
  5. 法人化:印象エキスパート株式会社を設立。
  6. 現在:印象研修を続けるなかで、人の言動の奥にある「判断軸」に着目し、「判断軸マネジメント」を提唱。経営者・リーダーを対象に「判断軸マネジメント実践講座」を主宰。

印象研修のご案内(印象エキスパート株式会社)

印象研修を始めた理由――インプレッショントーク®ができるまで

父のような人を増やしたくない――判断軸マネジメントが生まれるまで

父のような社長を増やしたくない。そんな想いで、判断軸マネジメント大学校を運営している柳沼佐千子です。私は印象の専門家として、企業研修や講師の仕事に携わってきました。

なぜ、人の判断の奥にある「判断軸」に向き合うようになったのか。なぜ、それを社長に伝えたいと思っているのか。その理由を、このページにぎゅっと詰め込みました。

お父さんは頭も成績も良い、最高の営業マンだった

私は三人姉妹の長女として生まれました。アトピー性皮膚炎を少し持っていましたが、どこにでもいるような普通の子だったと思います。背は高かったですけれど(笑)。

小学校の頃は父が怖かった

長女の宿命なのか、妹たちのようにかわいがられるというよりも、「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」「うちは男の子がいないんだから、長女が長男がわり」。その言葉どおり、いつも我慢をしてきました。

タイヤの取り替え、神棚の掃除、電気の交換、庭の芝刈り。とにかく、なんでも手伝わされました。「妹ばかりに甘くて、私ばかり、いろんな仕事をさせられる」。そんなふうに思い、ずいぶん悲しい想いをしていました。

中学校になってから自分から態度を変え、父にいろいろ教わった

小学校の高学年になったころから、私は父に自分から話しかけたり、一緒に出かけたり、話を興味を持って聴いたりと、父の気を引くために態度を変えてみました。

すると、それまで相手をしてくれなかった父の態度も変わり、ゴルフに連れていってくれたり、仕事の話をしてくれたりするようになりました。

父から話してもらったこと

  • 印鑑を押すとは、どういうことか
  • できる部下とできない部下の違いは何か
  • 信用を得るとは、どういうことか
  • ねずみ講や、ネットワークビジネスは、どういう仕組みなのか

仕事以外にもたくさん話してくれましたが、私は特に仕事の話が好きでした。イキイキしている父が、大好きでした。

父はとにかく頭の良い人で、成績も実績も良く、お客様の面倒見も良くて信頼される、全国でも有数のトップセールスマンでした。一言で表すなら、「信用第一の、最高のビジネスマン」です。

父は保険の営業マンでした。保険の仕事に就く前は銀行に勤め、そこでお金や契約の怖さを知りました。信用第一で約束をしっかり守るという姿勢の裏には、「簡単に人を信用してはいけない」という父の判断軸がありました。負けず嫌いで、常に努力を重ね、成績ナンバーワンを目指して信用を積み重ねていく。ビジネスマンの鑑ともいえる人でした。

柳沼佐千子

私自身の見つけた道。その道で家族と断絶することに

父に連れていってもらったゴルフがきっかけで、私はゴルフにのめり込みました。高校、大学と毎日ゴルフを続けるうちに、「プロゴルファーになりたい」という夢を持つようになりました。

プロになるために、本場の海外の環境で練習したい。そう思った私は、両親に打ち明けました。大学では人間関係もうまくいかず、孤独を感じることが多く、そのせいでアトピー性皮膚炎も悪化していました。海外ならアトピーも良くなると聞いていましたし、本場でゴルフの練習もできる。二つの夢が同時に叶うと思って、打ち明けたのです。そのときには、もう行くことを決めていました。

大学時代の柳沼佐千子

ところが、大反対したのが父でした。「何も相談せずに決めた」と、父は激怒しました。もともと自分の仕事を継いでほしいと思っていたこともあり、どうせ本気ではないと思ったのでしょう。けれども、私の決意は本気でした。それが原因で父と大げんかになり、その日を境に口もきかないまま、私はひとりカナダへ向かいました。

カナダの温かい空気感。それが父との和解につながる

アトピー性皮膚炎は、カナダに着いたその日から皮膚が変わり始め、かなり軽くなりました。ゴルフは、プロを目指して、朝から晩まで必死に練習しました。

カナダの人たちのおかげで父を許せた

父とは断絶していたので、たまに電話をかけても、すぐに母に代わってもらい、会話はしませんでした。

そんな中で、カナダの人たちは、損得なしで、見ず知らずの私にも優しくしてくれました。「人のために何かをする」。それまで父から聞いていたのは、「人には騙されるな、慎重になれ」という判断軸です。カナダの人たちはまったく逆で、とても人間的で温かい空気をまとっていました。

まったく違う判断軸にふれたことがきっかけで、心の中の考え方が少しずつ変わり、父を許せるようになっていきました。

カナダで出会った人たちと柳沼佐千子

アマチュア選手権の予選を通過し、空港で父と和解

努力のかいもあって、全米女子アマチュアゴルフ選手権の予選を通過しました。予選を通るのも難しく、相当な腕前がなければ通過できない大会です。

それまで認めてくれなかった父も、その知らせを受けて、はるばる日本から応援に来てくれました。そして空港で再会。「お父さん、来てくれてありがとう」。私は父に抱きつきました。

応援のときの父のはしゃぎぶりは、それまで見たことがないほどでした。「佐千子ー!」と大声で応援してくれたり、お土産をどっさり買い込んだり。本当は父も、私と話せなくてつらかったのだろうと感じました。

帰国後、プロテストを受けるも成績が振るわず断念

帰国後、意気揚々とプロテストを受けましたが、成績が振るわず不合格でした。

プロゴルファーを目指していたころの柳沼佐千子

このとき、プロテストに合格していく人たちは、こんなことをよく話していました。

  • イメージで、ボールの飛んでいくラインが空中に見える
  • 打つ前に、パットのラインがグリーン上に見える
  • 一度回ったゴルフ場は全ホールをイメージで思い出せて、イメージの中だけで何度もラウンドできる

私はがむしゃらに練習し、テクニックを磨くばかりで、イメージすることはまったくできませんでした。イメージするとはどういうことなのか、そのやり方さえ分かりませんでした。

その後も必死に練習を続けましたが、ほかの選手との違いばかりが気になり、「私には、プロとして成功するための決定的な何かが欠けている」と感じるようになりました。そんな中、左肩に激痛が走りました。しばらく練習を休んだものの、飛距離が落ち、以前のようなプレーさえできなくなりました。

プロの道は、断念しました。夢もお金もすべてを費やしたのに、プロ資格も取れず、未来の希望も人生の計画も、すべて失ってしまったのです。

あれだけ慎重だった父が、信頼した人に裏切られた

就職活動をしても、それまでゴルフにしか打ち込んでこなかった私は、なかなか就職できませんでした。

今度は本気で、父の仕事を手伝いたいと申し出ました。けれども、断られてしまいました。父には、信頼して仕事を任せていた人たちがいたのです。

ところがその後、父は、その信頼していた人たちに裏切られ、長年かけて築いてきた仕事の場を失いました。父が受けた心の傷は、とても深いものでした。

家族にも、その影響は及びました。私と家族は、ばらばらになっていきました。父は、信頼した人に裏切られたショックで体調を崩し、全国でも有数のトップセールスマンだった栄光とは裏腹に、晩年を苦しみの中で過ごし、亡くなりました。

病院からの最期の電話で、父はこう言いました。「おい、佐千子、俺の契約どうなってる? またアイツらのいいようにされてんじゃねーか?」

最後の最後まで、父は裏切られたショックから立ち直れないまま、亡くなってしまったのです。

すべては、私の中の「判断軸」が引き起こしていたと知る

父と同じように、私の人生も、ここからさらに苦しい方向へ進んでいきます。

夫婦の苦しみの原因は、私の判断軸にあったのか

結婚生活がうまくいかなくなり、家の中にいても恐怖を感じる日々が続きました。私はなんとか関係を元に戻そうと、心理学の本を読みあさるようになりました。

そこで気づいたのが、子どものころに心に刻まれた判断軸でした。私の中にあったのは、「お父さんに愛されていない、だから認められなければ」という判断軸です。愛されたいという想いが、思いもよらない形になって表れている。本を読めば読むほど、そう確信せざるを得なくなっていきました。

相手が悪いと思っていたのに、自分の判断軸に原因があったなんて。もしかしたら、この苦しみの原因は、私自身の中にあるのかもしれない。

幻覚に悩まされる日々が続く

けれども、原因は分かっても、解決の方法が分かりません。探し続けました。

じつは、一人目の子どもを出産したあとから、次第に恐怖の幻覚が時折見えるようになっていました。ぼんやりすると、その光景が何度も再現され、普通に過ごすことができないほどにひどくなっていきました。「このままだと、精神がおかしくなってしまう!」。ある日、症状がひどくなり、近くの神経科に駆け込みました。注射をされたり、薬をもらって飲んだりしましたが、治りません。原因不明の状態に、なすすべがありませんでした。薬は効かず、やめると副作用で、体中がなんともいえない不快さに襲われました。

小さな子どもを二人抱え、家の中でも、いつも恐怖を感じていました。そして、子どもたちと生きることを優先しようと決め、実家に戻り、離婚することになりました。

幸せを願った結婚でしたが、思うようにはいかず、幼い子ども二人を抱えて、新しい生活を始めることになったのです。当初は、相手が悪いとしか思えませんでした。けれども、心理学や脳科学、潜在意識などの文献を読みあさっていた私は、家庭の中のつらい空気を感じてきた子どもたちにも、心の傷、つまり新たな判断軸が刷り込まれてしまっていることを知り、愕然としました。「このままでは、子どもたちもいつか不幸をくり返す。この不幸の連鎖を、私で断ち切らなければ」。私は本気でした。

出産後から7年。苦しんだ幻覚から解放される

幻覚も時折見る。夫もいない。貯金もない。父のことも気にかけながら、絶望的な状況の中で、子どもを育てなくてはいけませんでした。

フリーランスとしての道を選び、あるイメージの手法と出会う

そこで始めたのが、フリーランス(個人事業主)でした。セミナー講師として生きる道を選んだのです。私には、父からいろいろ教えてもらったビジネスのノウハウしかありませんでした。

なんとか生活しながら独立したものの、研修の仕事がありません。同じ講師の方々を眺め、研究していたころ、講師の方々の多くが学んでいた、ある心理の講座を知りました。

その講座の中で、ひとつのメニューが目にとまりました。『恐怖の治療』。当時、幻覚に悩まされながら仕事を続けていた私は、もしこの幻覚が治るなら、と思ったのです。「仕事にも役立つかもしれない。試しに行ってみよう!」

7年間苦しんだ幻覚から解放される

その講座では、あまりに幻覚がひどかった私が、イメージを使った手法を、デモとして体験できることになりました。先生が誘導するとおりに、イメージしていきました。半信半疑で、こんなもので効くのかな、という思いでした。

ところが、効果はすさまじいものでした。7年も苦しんだ幻覚が、20分でスウっと消えるのを実感したのです。「え!! なんで??? 消えた!!! 消えた!!!」

人生の中で、何度も体験できることではないほどの、衝撃の体験でした。

その後も、幻覚が少しよみがえることがありましたが、その先生にお願いし、2、3回、意識を書き換えていきました。すると幻覚はなくなり、普通に生活できるようになったのです。

無意識の判断軸を書き換える大切さを知る

判断軸は、潜在意識の中、自分では気づかない場所で、毎日の判断を決めています。私の中にあった判断軸は、「男の人が怖い」「女は男より下」「私には価値がない」「私は愛されていない」というものでした。それが、イメージを使った書き換えで、なくなっていきました。

講師としても順調な日々

それまでうまくいかなかった仕事も、判断軸を書き換えられるようになり、自信のない、どこか依存的な自分を変えていきました。

何かをする前なら、「私、できそう!」。もし失敗したと感じたことがあっても、「必ずうまくいく!!」。

どんどん自分の判断軸を選び直し、下請けの仕事は一切なしで、大企業からも直接ご依頼をいただけるようになりました。そして、印象の専門家として、多くの企業に呼ばれるセミナー講師になれたのです。

企業研修で講師を務める柳沼佐千子

セミナーで講演する柳沼佐千子

判断軸に縛られているのは、社長も同じだった

企業研修で大きな成果を上げるようになると、多くの社長や経営者、リーダーの方とお話しする機会が増えていきました。そのときに分かったのは、社長には社長なりの悩みがある、ということです。

よく聞くお悩み

  • 部下たちが適当に仕事をしたり、話を聞いてくれなかったりする
  • 妻とのコミュニケーションがなくなり、家庭に居場所がないと感じる
  • 子どもたちが不登校になり、どう接してよいか分からない

社長だからこそ、仕事以外のことを誰に相談してよいか分からない。一見、普通で明るく振る舞っているけれど、じつは心の中で、さまざまな不安や恐怖を抱え、葛藤している社長が多いことに気づきました。

こうした出来事がくり返されるのには、必ず原因があります。その原因の多くは、本人も気づかない判断軸の中にあります。心の奥にある判断軸が、毎日の判断を通して、現実をつくっていくのです。

父のように、バリバリ仕事をし、お金も稼ぎ、優秀な成績を収めて、一見成功しているように見える人ほど、自分の判断軸に早く気づく必要がある。私はそう強く感じています。私の育った家庭も例外ではなく、同じような判断軸に悩まされていたのだと気づいたのです。

経営者・リーダーと語り合う柳沼佐千子

印象研修から、判断軸マネジメントへ

私自身、人間関係の悩みを乗り越えた経験があり、そのノウハウをもとに「印象研修」を始めました。印象研修を始めた理由は、こちらのページにまとめています。
印象研修を始めた理由――インプレッショントーク®ができるまで

数字は好転した。けれど、組織の根本は変わらなかった

企業研修のリピート率は96%。延べ2万人以上の方を指導し、企業の売上やサービス調査の結果など、「数字」は好転していきました。けれども、組織の「根本」は変わりませんでした。全国の企業を回って15年以上がたっても、ハラスメントや、心の不調で休む人は減らないのです。

なぜ、コーチングやテクニックでは限界なのか

コーチングやアンガーマネジメントを学んでも、なぜ「怒り」は根本から消えないのか。どれも内容は素晴らしいのに、なぜなのか。私の探求は、その後も続きました。

頭では分かっていても、感情をコントロールするのは難しいものです。感情は、テクニックでふたをしても、自然には消えないからです。それらの方法は、奥にある判断軸がそのまま動き続けているところを、上から「思考」で押さえつけるようなもの。だから、限界があったのです。

答えは、幻覚が消えたあの体験にあった

ヒントは、起業したころの、あの体験にありました。病院でも治らなかった幻覚が、あるイメージ法で、たった20分で消えたのです。脳には、まだ知られていない大きな可能性がある。この「脳(無意識)」への働きかけこそが答えだと、確信しました。

同時に、「怖さ」も感じました。これは、使い方を誤れば、宗教や洗脳にも使われかねない力です。実際に、優秀な経営者でさえ、苦しみが続くと、占いや方角に迷い込んでいく姿を見てきました。

論理で理解できる、安全で具体的な手順に

だからこそ、私の挑戦が始まりました。経営者の方々を、あやしい感覚的なものに迷わせない。彼らが得意とする「論理」を使って、自分の無意識の判断軸を理解できる、安全で具体的な「手順」にすること。私自身、ゴルフでハンディキャップ1になるまで、理屈で突き詰め、メンタルに向き合ってきたので、彼らの考え方が痛いほど分かるのです。

この探求の末に生まれたのが、判断軸マネジメント実践講座の核となる「5つの質問」です。講座で実践していただくと、問題の根っこは、多くの場合、子どものころの親子関係に行き着きます。

けれども、この方法は、過去を「つらい記憶」で終わらせません。「ああ、あの体験は、このために必要だったんだ」と、心の底から納得できたとき、人は本当に変わります。過去の体験への意味づけが変わり、自動再生されていた古い判断軸が止まる。その瞬間を、私は「再起動」と呼んでいます。

百戦錬磨の経営者が涙を流し、縛られていたものから解放される。そんな「再起動」の瞬間に、何度も立ち会ってきました。この再起動が起きたあとに、あるイメージングの手法を組み合わせると、あれほど消えなかった「怒り」が根本から鎮まり、「売上がV字回復した」「夫婦関係がよくなった」と、現実が見事に変化していくのです。

父のような有能な社長が潰れていくのを見たくない

父がいつも口にしていた言葉は、「女は男より能力が低い」「騙されるな」でした。

そう言っていたのに、最後は信頼した人たちに裏切られ、苦しみの中で最期を迎えました。あんなに疑っていたのに。慎重だったのに。頭が良かったのに。

けれども、その「騙されるな」という言葉こそが、父の判断軸となって、毎日の判断を動かし、そのような結果をつくったのだと、専門家になった今だから分かります。

その答えは、父の幼少期にありました。祖父に「1位になったら自転車を買う」と言われ、信じて頑張ったのに、約束を破られたのです。そのときから「信頼すると裏切られる」という判断軸が動き始め、晩年に同じ現実を引き寄せたのです。

これがあのとき分かっていたら、父はもう少し違う人生を歩めたかもしれない。その判断軸さえ選び直せていれば、もう少し楽に天国へ行けたかもしれない。その後悔は尽きませんが、それこそが、私が今できる使命なのだと感じています。

父のような人を増やしたくない。

栄光があるときだけ、人は注目します。そして、自分も安心しています。けれども、その栄光が過ぎ去ると、人は注目しなくなり、自分はどんどん不安になっていきます。

今なら、その抜け出し方も、判断軸を選び直す方法も分かります。壮絶な人生を歩んできた私だからこそ、社長の痛み、つらさが分かります。だったら、そのお手伝いがしたい。父のような人を増やさないために。

動けなくなったリーダーに、もう一度輝いてほしい

私の願いは、シンプルです。かつての父のように、「正しい」はずなのに動けなくなってしまった有能な方々を、自動再生される判断軸から解放すること。そして、本来の力を、もう一度いきいきと社会で発揮していただくこと。

リーダーが自由になることこそが、負の連鎖を断ち切り、周りの人々、その家族、そして社会全体を救うことにつながると、私は心から信じています。判断軸マネジメント実践講座は、そのための場です。

自分の判断軸に気づいてほしい

人間関係

自分の判断軸に気づき、選び直す方法を身につけられれば、会社の中で、心理的なストレスで体調を崩したり、やる気をなくしてしまったりする人を減らすことができます。けれども、それを普段の生活やビジネス、会社の中で使えている人は、まだとても少ないのが現状です。

そのままにしておくと、その場は改善したように見えても、判断軸が変わらない限り、別の形や場所、人を変えて、同じような出来事がくり返されます。それを痛切に感じ、判断軸マネジメント大学校を始めました。

私自身、判断軸を選び直していくなかで、原因不明のやや高かった血圧が正常になり、アトピーも良くなり、原因不明の頭痛や吐き気もおさまりました。

周りの人間関係も、良い人や相性の合う人と出会うようになり、ストレスや問題を起こす人は寄ってこなくなりました。

離婚はしましたが、子どもたちはすくすく育っています。家の中では毎日、みんなご機嫌で、笑いながら過ごしています。

私はというと、個人事業「リ・オルグ」として始めた研修の仕事を印象エキスパート株式会社にし、一般社団法人日本おもてなしトレーナー協会も立ち上げました(協会は2024年3月に解散し、事業は印象エキスパート株式会社が引き継いでいます)。そして、無名の主婦だった私が、2018年に、本を出版することもできました。

本の出版

よろしければ、読んでみてください。
『空気を読まずに0.1秒で好かれる方法。』朝日新聞出版

長年、自分自身を実験台にくり返し見つけてきたイメージングの力で、今度は、海の見える家を買うことも実現させました。

子育て中の女性スタッフと一緒に、笑い声の絶えない事務所で仕事をしてきた時期もありました。昔の私のように、子育て中で自由に時間を取れない女性が気軽に休めて、ビジネスの感覚を身につけて自分の力で稼げる。そんな会社づくりにも取り組んできました。

一人ひとりが自分の判断軸に向き合えば、家庭も、仕事も、生き方も、社会は平和と希望で満ちあふれると信じています。判断軸に気づき、選び直す方法を多くの人に知ってもらえたら、ほかの人のせいにすることもなく、今の人生がたとえどのような状況だったとしても、自分の判断軸を選び直すことで、人生を変えることができると知ることができます。

研修で受講者に語りかける柳沼佐千子

一人ひとりが自分本来の力を知ることができれば、比較したり、競争して打ち負かそうとしたり、自分が劣っているのではないか、自分がいかに正しいかを証明しようとしたり、そんな争いや分離を生む判断は必要なくなります。

みんなが、それぞれに輝き、自分らしく、好きなことをして、幸せに生きられる社会が実現します。そのために、一人ひとりが自分の判断軸に向き合える場を、これからも広げていきたいのです。

わたしからのお願い

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

講演する柳沼佐千子

一人ひとりが自分の判断軸に向き合うことで、イキイキと楽しく暮らせる世の中になったら素敵だと思ってくださった方は、まず、判断軸マネジメントの考え方にふれてみてください。

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